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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2452号 判決

控訴人 漆原せき

被控訴人 破産者高瀬耕破産管財人 小堀文雄

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、被控訴人訴訟代理人において、「被控訴人は、破産法第七十二条第一号の規定により、破産者高瀬耕と控訴人との間の本件家屋の売買契約を否認するものである。右破産者は、その支払停止後の昭和二十八年五月四日訴外株式会社東京相互銀行のため債権極度額金五十万円の根抵当権設定登記をしているが、これは同銀行の外務員古川ソヨが高瀬耕からその債務整理を一任されたのを好機として、同人の支払停止の事実を知りながら、同銀行の債権の確保を図つてなしたものであつて、この点については別に訴求中である。」と付加し、控訴人訴訟代理人において、「本件売買に先だち、破産者高瀬耕は訴外株式会社東京相互銀行に対し金百万円の債務を負担し、これを担保するため本件家屋につき抵当権を設定し、その登記をしてあつた。そうして右破産者は、控訴人との本件売買代金の内金百二十万円を右抵当債務の元利金の弁済に使用し、残金二十五万円もほとんど全部右破産者の債務の弁済に充てたのであるから、右売買は破産債権者を害することがない。」と付加し、当審における新たな証拠として、被控訴人訴訟代理人において、甲第二十二号証を提出し、乙号各証の成立を認め、控訴人訴訟代理人において、乙第一、第二号証を提出し、当審証人西岡芳之助、同古川ソヨ、同金井源二、同山本皇、同漆原徳蔵の各証言を援用し、甲第二十二号証の成立を認めたほかは、いずれも原判決の事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

理由

訴外高瀬耕が昭和二十八年十二月十七日午前十時破産の宣告を受け、被控訴人がその破産管財人に選任されたこと、これより前、控訴人が同年五月九日、高瀬耕から被控訴人主張の家屋を代金百四十五万円で買受け、代金を支払い、同日被控訴人主張のとおりの所有権取得登記及び引渡を受けたことは、当事者間に争がない。

よつて右売買が被控訴人主張の如く破産債権者を害する行為であるか否かについて検べて見る。成立に争のない甲第七号証及び原審証人高瀬耕の証言によれば、高瀬耕は昭和二十八年五月初頃には、訴外扶桑商事株式会社その他数十名の債権者に対し合計約四百万円に上る債務を負担し、本件家屋のほかには見るべき財産もなかつたので、その支払に窮し、同月四、五日頃支払を停止し、右債務整理の資金を得る目的で同月九日本件家屋を売却したものであることが認められる。そして原審鑑定人川口長助の鑑定の結果によれば、右家屋の右売買当時における価額は、営業中であることを前提とし借地権があるものとして金百四十九万九千三百二十五円を相当としたことが認められるから、前記売買代金は時価に比しさほど低廉なものともいえないけれども、前記のように高瀬耕が既に支払を停止し、破産の申立を受ける虞のあるような状況の下において、不動産を売却してこれを散逸し易い金銭に換えるようなことは、特に総債権者に対する平等弁済を確保するための具体的配慮の下になされた等特段の事情がない限り(本件にあつてはかような事情があつたことを認めるに足りる証拠はない。)、一応は破産法第七十二条第一号にいわゆる破産債権者を害する場合に該当し、且つ破産債権者を害することを知つてなされたものと推認すべきである。ところで控訴人は、右家屋については訴外株式会社東京相互銀行のため抵当権の設定があつたから、その売買は破産債権者を害しないと抗弁するので、この点を考えて見る。成立に争のない甲第一号証(本件建物登記簿謄本)並びに原審及び当審証人古川ソヨ、当審証人山本皇の各証言を総合すれば、本件家屋については、高瀬耕において右銀行のため、(イ)昭和二十七年四月一日債権極度額金五十万円の根抵当権を設定し、同年五月七日その登記を了し、(ロ)昭和二十八年四月二十日債権極度額金五十万円の根抵当権を設定し、同年五月四日その登記を了してあり、本件売買当時における高瀬耕の同銀行に対する債務額は元利合計約金百二、三十万円に達し、そのうち金百万円は右(イ)(ロ)の根抵当権を以て担保されていたこと、並びに高瀬は前記売買締結と同時に前示代金を受領し、その代金の中から同銀行に対する右元利金債務を全部弁済し、同日右各根抵当権設定登記の抹消登記を受けたことが認められる。これによつて見れば、本件家屋については、右売買当時その価格のうち抵当債権の元利金百万円の限度までは右銀行において抵当権を実行し一般債権者に先だつて弁済を受けることができる関係に在つたのであるから、右売買は右金額の限度までは一般債権者を害することなく、右金額の限度を超える部分についてのみ一般債権者を害するものというべきである。(もつとも右(ロ)の抵当権設定登記は支払停止の後になされており、抵当権設定の日も支払停止の日に近接している仮に右銀行を相手方として破産管財人((本件被控訴人))から右(ロ)の抵当権設定契約又はその登記が否認されたとしても、右家屋につき前記(イ)の抵当権設定及びその登記がある以上、本件売買は右(イ)の抵当債権額五十万円の限度までは一般債権者を害することがない。)以上のとおり本件家屋の売買は、抵当債権額百万円(仮に前記(ロ)の抵当権設定又はその登記が否認されたとすれば抵当債権額金五十万円)の限度までは、破産債権者を害することがないから、被控訴人は、右金額の限度まではこれを否認することができない。しかして右限度を超える部分につき本件売買契約を否認できるとしても、本件家屋は一箇の不動産であるから、これにより本件建物全部につき所有権取得登記の抹消登記手続及びその引渡を求めることはできず、控訴人に対しては、単に否認権行使をすることのできる限度に応じて、物の返還に代わる金銭の支払を求めることができるに過ぎないというべきである。

のみならず、前認定のように本件家屋の売買代金額がその時価相当の額と大差ない事実並びに原審証人鈴木豊、原審及び当審証人吉川ソヨ、同漆原徳蔵の各証言を総合すれば、控訴人は不動産仲介業をも営んでいるが、東京相互銀行勤務の古川ソヨより、高瀬耕が本件家屋を売却してその代金をもつて同銀行に対する抵当債務を支払い、田舎に移ろうとしているから、抵当債務額約百二十万円を上回る代金で右家屋を買取つてはどうかと勧められ、高瀬耕の真実の資産状態は知らず、これを他より告げ知られたこともなく、家屋を実地に検分したときも、高瀬耕は古川に一任してある旨述べた程度で深くは語らず、又、登記簿を調査したところ右銀行に対するもの以外には不動産上の負担もなかつたので、古川ソヨの右勧告に応じ、高瀬耕の代理人としての古川ソヨとの間に本件売買契約を締結したものであり、右契約を締結するまでこれにより高瀬耕の一般債権者を害するものであるというような事実を全然知らなかつたことを、推認することができる。そして右認定を覆すに足りる証拠は何もないから、控訴人は善意の受益者であるというべく、この点からも被控訴人は控訴人に対し破産法第七十条第一号により破産財団のため右売買を否認し、その売買を原因とする本件建物の所有権取得登記の抹消を求め、かつ、建物の引渡を求めることはできない。

以上いずれの点から見ても、被控訴人の本訴請求は失当で、棄却を免れない。よつてこれを認容した原判決は不当であるから民事訴訟法第三百八十六条によりこれを取消し、右請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第九十六条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 仁井田秀穂 小沢文雄)

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